Columnコラム

「しなやかで強い組織のつくりかた ―21世紀のマネジメント・イノベーション」

本の紹介

 先日、私が車通りの少ない道路で信号待ちをしていたところ、横にいた若い男性が赤信号を無視して道路を渡った。その姿を見た向かいの道路に立っていた若い女性も突如赤信号を無視して道路を渡った。私は日本で生まれ育ったからか、このような景色は馴染みのものであり、違和感を持つことはない。周囲の人の行動を見て自分の行動を決定することは、日本人にとって馴染みの行動パターンであり、日本社会は良くも悪くも同調圧力や社会的慣習によって支配されているとも言われている。

 「しなやかで強い組織のつくりかた ―21世紀のマネジメント・イノベーション」(ピーター・D・ピーダーセン著 生産性出版 2022/6/30)を読んだ。この本では、しなやかで強い組織体質を実現するために、Anchoring(アンカリング:主に信頼関係の形成や目標の共有化)、Adaptiveness(自己変革力:主に組織的学習の進化・高度化)、Alignment(社会性:主に会社と社会とのベクトル合わせ)のトリプルAが重要であると説かれている。私の解釈では、本書でいう「しなやかな組織」というのは、ストレス耐性が高い組織という意味ではなく、個人と組織、会社と社会、利益と理念などのバランスが高度にとられた組織のことである。同時に、本書では日本社会の同調圧力や日本企業の不合理な慣習が、日本企業の成長や社員の幸福度を低下させているとも指摘されている。デンマーク出身で親日家でもある著者のピーターは、そのことを端的に「もったいない。」と表現している。私も、著者と同様にもったいないことと感じているし、青信号を渡らないことは時間の無駄でもあると思う。

 本書で示された日本企業の持続可能な明るい未来像とアクションプランは、日本企業にとってはまさに「青信号」であると私は信じているが、本音では賛成でも建前としてそれを表現しづらい日本社会において、その普及へのハードルは高いと思われる。日本社会には青信号なのに気軽に渡ることを簡単に許さない同調圧力や不合理な社会的慣習があるとしたら、それを変えるにはどうすれば良いのだろうか。私なりに産業医としての立場で考えると、企業内での社員同士の会話の量を増やし、社員の本音が十分に共有されることが大事ではないかと考えている。本書を片手に全社員が本音で話し合い、そこから合意形成ができれば、新たな適応的な慣習と生産的な同調圧力が形成されうると期待している。

 本書は、著者が社外取締役を務める丸井グループをはじめ、日本を代表する大企業での取り組みが具体的に多数紹介されており、文章も端的であるため、非常に読みやすい。産業・組織心理学の発展の歴史も一部紹介されており、外国人から見た日本企業の分析も興味深く、個人的には今年一番の良書であった。また、巻末には「トリプルA調査設問(簡易版)」が掲載されており、企業において自己診断ツールとして利用できる点でも実践的で有益だ。産業医として担当している企業様にも紹介したいと思う。